郷土の宝物② 旧 大野高校にある白蓮の歌碑

おはようございます。今日も三重町は少し曇り空ですが静かな朝を迎えています。昨日ご紹介した、柳原白蓮が豊後大野市大野町の大野高校に贈った歌につきまして、現在廃校になっている大野高校の玄関に右のような歌碑が残っています。平成元年に創立六十周年を記念して建てられたと書かれていますが、『地はひろし~』の歌の本文は楷書で書かれています。郷土史家の芦刈政治先生(元 三重中学校長)によれば、この歌は当時大分県教育委員会の大野地方教育課長であり、後に大野高校の校長を務められた深田光先生(詩吟で有名な淡窓伝光霊流の開祖)からの要請もあって、白蓮が大野高校のために作った歌だそうです(下記註参照)。大野高校にはこの歌碑のほかに、かつて『日本一の庭園』と評価された、万葉集にちなんだ木や花を植えていた庭園もあり、文化に優れた高校だったそうです。現在は惜しくも廃校となってしまいましたが、豊後大野市の貴重な郷土の宝物として後世に伝えていきたいと思います。(※なお、現時点(2014年8月27日)では、大野高校のために書かれた白蓮の歌幅も歌碑もgoogleやyahooなどの検索ではヒットしません。僭越ながらこのブログ記事で再び世に広まるきっかけになればと願います。)

                    (文:森本)


(註)この記事を掲載した後、東京都の石川淳様より、柳原白蓮を大野高校にお呼びしたのは和田チヱさんである旨のご指摘(下記コメント♯5)を頂きました。和田チヱさんのことが書かれた記事が大分合同新聞(2014年9月23日)にも掲載されておりますので、併せて追記いたします。石川さまに心から感謝申し上げます。なお、白蓮が大野高校のために書いた歌幅は、上記の大分合同新聞の記事にもあるように、現在は豊後大野市役所のロビーに飾られています。とても嬉しいです。

                   (2015年3月2日 森本追記)