なんでも医のつぶやき⑩  臨床薬理学の話

こんにちは!(^-^) 


今回は臨床薬理(りんしょうやくり)学の話をしたいと思います。一般には耳慣れない言葉かもしれませんが、英国の医学教科書には『臨床薬理学講座または部門を持たなければ、完全な医学校とはみなされない(No medical school can be considered complete without a department or sub-department of Clinical Pharmacology(※1)』と記載されているほど重要な臨床医学の一分野と位置づけられています。残念ながら、日本では臨床薬理学講座や附属部門を備えている大学医学部は今でも2割程度しかありませんが、大分大学医学部は前身である旧大分医科大学の開学時から、国立大学で初となる臨床薬理学講座と臨床薬理センターが設置され、日本の臨床薬理学の中心的な役割を果たしています。
 
臨床薬理学は、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領の在職中の死を契機として高血圧が注目され、また死の病と言われていた結核などの感染症に有効な抗生物質の開発が大きく進んだ第2次世界大戦後から始まった新しい医学領域です。それまでの医薬品の多くは、麻酔した実験動物に静脈投与した時の成績を用いて、その結果から人に経口投与する※2)という、今から考えればかなり雑な方法で薬の使用法が決められていました。また日本ではあまり知られていませんが、あの野口英世も、ロックフェラー医学研究所時代に小児を含む数百名の一般患者に知らせないまま、開発中の梅毒診断薬を投与したことが米国で問題となった事件がありました※3)。
 
上記のような歴史を踏まえて、臨床薬理学は人の病気に対して真に有効な薬と合理的で安全な使用法を科学的に検討しながら、患者さんの人権を守るために倫理的に必要な手順を整備して、それらの経験知を日常診療で生かすための臨床医学として発展しました。
 
私は前任の大分大学医学部附属病院臨床薬理センターで、新薬の開発(人に初めて投与する第Ⅰ相試験から市販後臨床試験まで)や薬の再評価をはじめ、院内の薬物投与や相互作用などで苦慮している症例のコンサルテーションや治療を行っていました。現在の当院では『なんでも医』として、臨床薬理の知識と経験がとても役立つことを実感しています。例えば、患者さんが誤って一度に数回分の薬を飲んでしまったり、自分の薬ではなく家族の薬を飲んでしまった場合など、実際の医療現場ではさまざまなことが起こります。そのときにも、臨床薬理学の知識と経験があれば、問題となっている薬の臨床薬理プロフィール(血中薬物濃度の半減期や最高濃度到達時間、年齢や病態に応じた薬物動態データなど)を念頭に置きながら、臨床症状をもとに必要な検査を適宜行い、迅速に対応することができます。
 

※1)PN Bennet 「Clinical Pharmacology 11th edition」Churchill and LivingstoneElsevier 2012年  

※2)海老原昭夫「臨床薬理」日本内科学会雑誌 第91巻 第11号 2002年

※3)DJ Rothman 「Strangers At The Bedside: A History of How Law and Bioethics Transformed Medical Decision Making」Basic Books 1992年

                     

                           (文:森本)